セオリー通りではやらない【サンロッカーズ渋谷 伊佐HC特別対談・後編】


「セオリー通りではやらない」少数精鋭で戦うプロスポーツから学ぶ、勝てる仕組みづくり


【サンロッカーズ渋谷 伊佐HC特別対談・後編】

プロバスケットボールリーグ「B.LEAGUE(Bリーグ)」に所属するサンロッカーズ渋谷。主力だったロバート・サクレ選手の引退後、チームは大きく方向性を変化し、2020年1月には5年ぶりの天皇杯優勝を成し遂げました。東地区5位につけ、2021年5月には4シーズンぶりにチャンピオンシップに進出するなど、目覚ましい躍進を遂げています。

その背景には、チームを率いる伊佐ヘッドコーチ(以下、HC)が掲げた、機動力、オフェンスリバウンド、タイムシェアによる、「みんなで戦う」バスケのあり方と、「セオリーを覆す」考え方がありました。

今回、伊佐ヘッドコーチをお招きして、「経営とバスケの共通点」をテーマに当社代表の星川と対談を行いました。後編では、少数精鋭で戦うプロスポーツの世界と、スタートアップとして業界のゲームチェンジを目指すクラウドキャストの「勝てる仕組みづくり」の共通点や、トップのあり方について伺いました。

(本対談は、2021年4月に行いました)

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セオリー通りにやらない。本質的な課題解決でゲームチェンジを起こす

ーー前編の最後で、「私たちは、経費の立替というプロセスそのものをなくしてしまおうという発想で、クラウドサービス「Staple」を提供している」と伺いました。 「経費の立替というプロセスそのものをなくす」とはどういうことでしょうか。

星川:多くの業務ソフトはテクノロジーを活用して作業を自動化したり、作業プロセスを楽にすることをゴールにしていることが多い傾向にあります。しかし、私たちはそのプロセス自体を無くし、ゲームチェンジを起こしたいと考えているのです。

そこで目をつけたのは、従業員個人による立替問題。経費や交通費など、従業員が自らのお金を使って立て替えている現状を根本的に変えるために、はじめはコーポレートカードを配ることを考えました。でも、コーポレートカードには与信を通さないといけないという問題がある。そこで、プリペイド機能とコーポレートカードを一体化させたカードを作れば、立替金自体を無くすことができると思い、作ったのが「Stapleカード」です。

ーー まさに発想の転換ですね。伊佐HCも、以前雑誌のインタビューで「データを生かしながらも、セオリー通りにやらない」とおっしゃっていました。その考えの意味を教えてください。

伊佐HC:バスケットはシュートや3Pのパーセンテージがデータとして出ます。数字は嘘をつかないので、ある程度は選手に伝えますし、そのデータをもとに攻撃や守備の作戦を考えます。しかし、時には「セオリー通りにしない」ことで勝つ確率が上がることもあるのです。

例えば、体格の良い外国籍選手を相手にする場合は、こちらも体格の良い外国籍選手をあてるのがセオリーです。そこに、あえて日本人がディフェンスをすることで、相手チームはそのミスマッチが”穴”だと思いボールを集めます。……しかし、私たちはそう来るとわかっているのでダブルチームを組んで守りやすくなり、相手のペースは悪くなる。他にも相手のエースが3Pシュートを決めるとチームが乗ってしまうので、シュートが得意ではない選手のマークをあえてゆるくして簡単にシュートを打たせることも。もちろん何本かは決められてしまうのですが、試合全体のアベレージで見ると、問題ないことが多いのです。

このように戦略的に相手に対してセオリー通りではない罠を仕掛けることで、“やられ方をこちらでコントロールしよう”と、選手たちには伝えています。局地的にやられることもありますが、それでシュートを入れられても作戦なので選手がモヤモヤすることはありません。

トップのメッセージは、常にわかりやすく

ーー 事前に言葉として伝えておくことで選手たちもモヤモヤせずプレーできるのですね。そういったメッセージを伝えることは会社経営においても大事ですよね。

星川:経営者が従業員に対してメッセージをわかりやすくすることは本当に大事ですね。頭がいい人ほど複雑に考えてしまうので「ここ1、2ヶ月はこれしかやらなくていいよ」と、時にはメッセージを極端にシンプルにすることも。もちろん、その前にたくさんの打ち手を打ってロジックをしっかり立てた上で、ここぞというところの表現はわかりやすくするというイメージです。

「自分一人だけの世界でやっていると、発想が飛び抜けない」

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ーー 伊佐HCが以前の雑誌のインタビューで、「僕の考えは凝り固まっていると自分でも思っている」、「コーチ陣には意見をどんどん言ってくれと伝えている」というメッセージを出していたのが印象的でした。こうした考えをお持ちになったのは、いつ頃からなのでしょうか。

伊佐HC:私は沖縄のチームに10年いて、6年アシスタントコーチ、4年ヘッドコーチを経験しました。アシスタント時代には3人のヘッドコーチのもとにいたので、いろいろな指導者から教えていただいた考えや、私自身が好きなプレー、苦手なバスケのスタイルなども踏まえた上で戦い方を考えてきました。

しかし、Bリーグでは私だけの考えでは通用しないという壁にぶち当たったのです。

もちろん常に勉強はしていましたが、全てを1人の頭で考えるのではなく、サポートしてくれる優秀なコーチ陣のアイデアや判断を聞いた上で、自分の中でも整理することで、新しいバスケットのスタイルが生まれたり、私自身もプラスαで成長できるかなと感じています。

ーー 良いバスケをしたり新しいアイデアを出すには、周りの声を聴くことはとても大事なのですね。会社経営においてもそれは同じでしょうか?

私はエンジニア出身で、今は経営者をやっていますが、その前に人生の寄り道として青山学院大学で改めてビジネスを学んだ経験は良かったです。まさにサンロッカーズ渋谷の本拠地コートがある青学ですが、その際に出会った人たちの意見がとても新鮮でした。自分1人だけの世界でやっていると、発想が飛び抜けないので、環境を変え周りの人の声を聴くのは大事だなと再認識した経験でした。

また、今のビジネスにおいても、それは同様です。「Stapleカード」の導入を進めるにあたり、リリース前から頻繁にセミナーを開催していたのですが、最初に導入を想定していたのは私たちと同じスタートアップや中小企業でした。企業の与信が取りにくいのでプリペイドカードの仕組みは必要だろうと……。

しかし、実際に問い合わせが多かったのは大企業から。欧米の大手企業ならほぼ全員がコーポレートカードを持つのですが、日本は部長や役員職の数十名しか使っていないことがわかりました。話を聴くと、たとえ数千名の社員の内たった数名に不正が発生し、役職員以外の全社員のカードがその後使わなくなったといったガバナンス面の課題が立ちはだかっており、「Stapleカード」の仕組みであればそれらが解決できると確信しました。しかも、正社員だけでなく副業含め業務委託やアルバイトスタッフも使えるので、個人の立替を限りなくゼロにできます。

その経験から、従業員の声と同様に、市場の反応も聴くことで新しいアイデアに行き着けるとも言えます。

トップに求められるのは、「モヤモヤを排除し、やるべきことに徹底できる環境づくり」

ーー働き方から、トップマネジメントの手法まで、経営とバスケには様々な共通点がありました。最後に、今後、お二人がチーム作りにおいて大切にしていきたいポイントを教えてください。

伊佐HC:私はコーチ歴が14-5年になります。その過程で一番大事にしてきたことは、選手をモヤモヤした気持ちにさせないことです。バスケットボールは人がやるスポーツなので、選手一人ひとりにわかりやすく役割を伝え、やるべきことに徹底して取り組めるような環境づくりを行うことがチームの肝なのです。その上で、コミュニケーションが大事になってくるのかなと思っています。

星川:本日のお話を聞いて、プロスポーツから得られる経営の視点がたくさんあるなと感じました。私たちのようなスタートアップ企業は、限られた時間や資金でいかに市場で勝てるかを考えなければいけません。だからこそ、プロスポーツのような厳しさがある中で、勝利に導くリーダーの存在や、勝てる仕組みが必要だと改めて感じました。これからも勉強させていただきます。本日は貴重なお時間ありがとうございました。